東野ワールド炸裂!!って感じで、今回も楽しく読ませていただきました。東野圭吾原作のテレビドラマ『ガリレオ』が高視聴率を得ているらしい。しかも、最終話には久米宏さんが登場するらしいので見逃せませんね。
物語は、ある交通事故を発端に展開するホラーサスペンス仕立てです。帯には「誰もが少しずつ嘘をつき、誰かを陥れようとしている。」と意味深な言葉が書かれています。でも、これだけじゃ何のことかわかりませんね。あとは本を開いてのお楽しみってことで。
運転する人は一度は事故を経験しているのではないでしょうか。事故を起こさないまでも、運転をしててヒヤリとした経験はあると思います。事故は、あらゆる要因が積み重なり渦巻いて、交差したところで起きるような気がします。それが、偶然なのか、必然なのか、はわかりませんがくっきりと爪痕を残します。
年間一万人の交通事故死者が出ていることに改めて驚かされたことと、作中にある「人間を一人死に至らしめたことに対して罪を問われたのだ。それがアクセサリー十万円分の窃盗と同等だということになる。助かったと思いながらも、これでは被害者の遺族は到底納得できないだろうと彼は想像した。だがたぶん、あらゆる交通事故に対して、同じことが繰り返されているのだ。」には憤りを感じたのでした。
交通事故死者数に対して、加害者と被害者の物語がある訳で。それが、毎年一万ケース生まれていることを想像すると運転するのが怖くなってきますね。私の日常は見えない地雷の上を気づかずに歩いているだけかもしれない。それを、いつ踏んでもおかしくない状況にあることだけは確かなようだ。
東野圭吾さん、好きです。ベタですが「白夜行」が良かったなあ。
交通事故については、飲酒運転の処罰はもっと厳しくて然るべきだと思います。飲んだらどうなるかというのをわかってやってるわけですから。
事故に至らなくても検問で発覚した時点で、現行犯逮捕、車両没収、免許証は永久失格でもいいと思いますが、どうでしょう?
tanouxさん、コメントありがとうございます。
凶器を操って往来している訳ですから、飲酒運転は確信犯ですよね。言い方を変えれば、銃刀法違反の無差別殺人予備軍ってことになります。「えらい大層な言葉を並べてきたね」って感じるかもしれません。でも、背景を考えたらどちらも同列にあると思いませんか。
「飲酒運転」という言葉をあまりにも見聞きしているし、発生件数も多いので「あぁ、またか」と軽犯罪のニュアンスがありますが実は重犯罪ですよね。被害者遺族の方にしてみれば、「あれは過失なんてとんでもない、れっきとした殺人ですよ。」と感情を抱くのは当然だと思います。
あなたは銃刀法違反の幇助をしますか。犯罪に手を染めようとしている、友人や同僚を見て見ぬ振りができますか。と言葉を変えてやるとイメージが全く違って見えてきます。
つい先頃の2007年9月に新道交法が施行されました。刑罰も重くなり、適用範囲も広がりました。しかし、心ないドライバーによって「飲酒運転の発覚を恐れていったん事故現場から逃走し、体内からアルコールが抜けてから自首したり逮捕されたりしたドライバーが、危険運転致死傷罪(最高刑懲役20 年)の適用を逃れてしまう事例が出ている。」のも事実。これに伴い、事故直後だったら助かった命も助からないケースが増えています。
これからの季節、飲み会が増えることと交通量が増えると思います。月並みですが、安全運転で楽しく新年を迎えましょう。:)